郭公

家のすぐ北側の白樺に郭公が止まりほうほうと啼きたてた。それは途方もなく高い声で、わたしは初め誰かオペラ歌手が郭公を真似て歌っているのか、と思ったほどだった。驚いたことにその鳥をみつけたのだ。尾羽根は調子につれて上下し、まるでポンプの柄の動きである。鳥は足を揃えて跳ね、向きを変え、四方八方に叫びたてた。やがて枝を離れ、低くののしるように啼き続けながら屋根を越えて遠く西の方に向けて飛び去った……。夏が闌けすべてが一つの愁いをこめたさやぎに漂い寄る。Cuculus canorus は熱帯地域に戻って行くのだ。彼等のスウェーデンの時期は終った。長いものではなかった! もともと郭公はザイーレに籍を持つのだから……わたしはもはや旅することにさほど心を惹かれなくなった。だが旅の方がわたしを訪れて来る。わたしが徐々に一隅に押しやられ、年輪を加え、読むにめがねを要するこのときに。とても担いきれぬほどのことがいつも起きるものだ! 驚かされることはもう何もない。このような想いが私を支えているのだ。ちょうど Susi と Chuma がリヴィングストンのミイラにしたなきがらを担いでアフリカを横断したあの忠実さで。


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